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3 「目指すべき場所」

全日本総合で優勝。トッププレーヤーならまず日本一…当たり前です。
常識です。だが、そうじゃない人間もいるんです。
そんなことに興味ないんです。(川平慈英なみの訴えで申し訳ない。)
これはまぁバドミントンにどう関わってきたかなんですけど、
高校、大学、とにかく団体戦を勝つことが使命だったんです。
比叡山高校時代は伝統やらなんやらありまして、
しかも「おまえらの学年は今までで最弱」とF先生に言われ続け、
選抜大会の連続出場を10年連続でストップさせ、
インターハイの17年連続出場だけは死守しよう…
(結果:死守しました~)
それだけが高校バドミントンの全てでした。一応キャプテンでしたし。
大学は関西リーグでの1部死守(優勝ではない)と
西日本インカレ団体上位入賞(優勝ではない)が使命であり、
言うたら悪いんですけど正直、個人戦は「お遊び」でした。
インカレ出れるぐらいで十分満足。インカレは『旅行』。
今思うとホント後悔しますね。でもそれが現実。
関西大学界(もしかして京産大のみ?)には悪い伝統があるんです。
真剣にやってる奴より圧倒的にテキトーな奴の方が多かったんです。
みんな弱くは無かったですよ…ただ野望とか勝利への執着とかの
熱い心の部分は関東学生界に比べて確実に低レベルでしたね。
それは今の大学界もあんまり変わらん気がしますが…。
前置きが長くなりましたが、そんなわけで全日本総合…知りません。
当然出場条件も知りません。
「どうやったら出れるんですか?」
「社会人大会でベスト16以上で予選から、ベスト8以上で本選。」
「負けたら終わりですか?」
「そのときは、近畿総合で優勝しかない。」
「ふーん。で、ベスト16って難しいですか?」
「正直、トーナメントしだい。1回は苦戦するやろうな…。」
「そうですか…」
そうして、行われた初めての全日本社会人。
来年の大阪国体のプレ大会であったため地元での開催。
ダブルスのみ出場でパートナーはベテラン…
いや当時で考えれば大ベテランの村山さんであった。
(シングルスは大阪総合1回戦負けで出られず。)

後編へ続く…

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オーナー

月一の検索チェックしてたら見つけた(^^)なつかしいね!今月すでに新幹線二日に1日乗ってるから楽しみ増えたわ!早く独立しなはれ

Re: オーナー

1年目は懐かしいですね~。
まだまだ若かったっすね。
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ジャンボーグ

Author:ジャンボーグ
---バドミントン経歴---
唐崎中(滋賀)
比叡山高(滋賀)
京都産業大(京都)
NTT関西(大阪)
NTT西日本大阪(大阪)
大阪トリッキーパンダース(大阪)

現:無所属(大阪府実連)

利き腕 : 右
ラケット : Babolat SOLAR 2

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