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3 「1997初夏」Part.2

その試合結果は、見事ダブルス優勝。
岸田さんはシングルス2位(優勝は植村さん)
(…これはメンバーに入れるんじゃない?)
しかし、メンバーは植村・岸田・常山に決定。
正直これには疑問を感じた。(なんで~?)
植村さん・岸田さんは分かる。(シングルス1位・2位)
常山さんはダブルス2位・シングルス3位
1複2単の国体でなぜ?
今ならこの選考理由は分かる…
50年に一度の地元国体。常山さんは単複共に高いレベルで、
しかも大舞台の経験も多い(2度の国体優勝経験もある。)
岸田・常山組で国体も出場している…など。
でも、この時の自分にはそんな考えなどなかった。
勝ったのに出られない納得する理由が無いからだ。
(じゃぁこんなダブルスの予選やめたらいいのに…)
渡辺「あららら…外れたん?」
平井「そうみたいですね…」
渡辺「松井さんも大阪国体やし地元選手にしたかったんじゃない?」
平井「!!…なるほど!」
確かに常山さん・植村さん・岸田さんは大阪が地元。
(自分は滋賀県やしな、しゃぁないか)
真実は松井さんに確認したことがないから分からない。
しかし、このときは『地元論』で納得することにした。
平井「んじゃ帰ります~」
練習後、帰宅する準備。
橋本「馨士、今日のご飯何やった?」
川口「わかりませーん。」
自分と橋本・川口は違う寮に住んでいた。
彼らは吹田の寮・自分は住吉区の長居競技場近く。練習場は守口。
明らかに彼らの寮の方がバドミントン部にとって便利だった。
平井「松井さん…僕も豊津寮に移れませんかね?夜ご飯にも間に合いますし。」
松井監督「聞いてみるわ…。」
もう一つ移りたい理由があった。
やはり、一人よりはみんなの方が楽しいからだ。
(住吉の寮は遠いし、おもしろくないのよ)
後日、松井さんから連絡あり、
松井監督「転寮できるようになったよ!」
平井「ありがとうございます~。」
その後、早速退寮の準備。
夏の暑い日、車に荷物を積み込み引越し。
無事「豊津寮」に入寮。
こうして、バドミントン部員が集結し、
後々いろいろな出来事が起こる
伝説の豊津寮生活がスタートしたのである。



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テーマ : バドミントン
ジャンル : スポーツ

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ジャンボーグさん、お久しぶりです!
いつも拝見させて頂いてます!

懐かしい&面白いに尽きます!!

ありがとうございます。
書いていると忘れかけていた
記憶がだんだんと蘇るのがおもしろいです。

あと…えーと、すみません
どちらさまでしょうv-12
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ジャンボーグ

Author:ジャンボーグ
---バドミントン経歴---
唐崎中(滋賀)
比叡山高(滋賀)
京都産業大(京都)
NTT関西(大阪)
NTT西日本大阪(大阪)
大阪トリッキーパンダース(大阪)

現:無所属(大阪府実連)

利き腕 : 右
ラケット : Babolat SOLAR 2

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