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12 「非常事態&節目」part1

「えらいこっちゃ!」
「マジっすか!」
とてつもない出来事が起こった。
『松井監督、帰宅途中タクシー後部座席で大事故』
大型トラックと正面衝突(居眠り運転)。
タクシーの運転手さんは亡くなり
松井監督は後部座席のため
前列シートに足を巻き込まれ
大ケガを負い長期入院となったのである。
平井「大丈夫ですかね…」
川口「・・・」
渡辺「わからんけど、村山さんと相談するわ」
コーチ登録となっていた村山さんは
この日以降監督代行となり
1999年シーズンを最後まで見てもらうことになる。
松井監督が抜けて最も大変なことは
練習メニューやアドバイスの有無などではなく
「会社との調整」であった。
自分自身は何もしていないが、
この男(キャプテン)の悲鳴を毎日聞いた。
渡辺「また、あそこと電話しなあかんねん」とか
渡辺「合宿費用の報告どうしたらええねん!」とか
渡辺「領収書が無いぞ!」とか
まぁ、会社側への報告など、
とにかく仕事が多いのである。
今から考えれば当たり前なのだが
当時は皆「選手」だけでも出来ていない状態。
まずは「選手」になることに必死だった。
だからこそ、松井さんが1人で会社側と交渉し
費用の申請、合宿・強化練習の申請などに加え
各種宿泊手配やチケット手配まで
全てやってくれていたのだ。
「選手」に出来るだけ負担をかけないように…。
(気付いたのは選手兼監督をしてからですが…)
全日本総合・日本リーグと企業チームとして
最も大事な試合が始まる前であり
指揮官を失うことはとてつもなく大きい
NTT西日本大阪チームは不安定な状態で
まず、全日本総合を迎えることになった。

しかし…
(全日本総合ねぇ…)
このチーム状況でも自分自身は全日本総合に対して
盛り上がりはなかった…。


・・・つづく



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ジャンボーグ

Author:ジャンボーグ
---バドミントン経歴---
唐崎中(滋賀)
比叡山高(滋賀)
京都産業大(京都)
NTT関西(大阪)
NTT西日本大阪(大阪)
大阪トリッキーパンダース(大阪)

現:無所属(大阪府実連)

利き腕 : 右
ラケット : Babolat SOLAR 2

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